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筑豊、北九州にて(中編)

筑豊、北九州にて(中編):画像

炭鉱記念公園には資料館もあり中を見学してきました。

これが例のエレベーターですね。

立坑の下に着いたら横穴の奥に向かって電車で移動します。切羽(掘削面)まで電車で1時間かかることもあったようです。あのボタ山の規模からしてどんな規模で仕事をしていたのか想像つきませんね。電車と言っても動力は地上のボイラーで発生させた動力をワイヤーで伝達するトロッコ電車です。

トランシットで距離と角度を測っています。大砲を打つ角度を計算する昔の軍人は暗算で角度と距離を計算しなければならなかったようです。

安全設備です。昔から安全には注意していたようです。

昔の人はすごいです。しかも土木をやっている関係者ならかなり興奮します。やってることは昔から変わらないけど、昔の人のほうがスケールがでかいです。おそらく当時の最先端の技術を集めたものでしょう。炭鉱住宅などは今の2LDKと大きさがほぼ同じです。今の私たちの住居の広さの基準になったと思われます。当時、大卒の初任給が3000円だったころ炭坑夫は月給8万円とっていたらしいです。

横抗の支保工ですが圧縮応力には木材、天井のはりの曲応力にはH鋼を使用しています。そしてH鋼のリブに横木がはめ込まれています。H鋼はこうやって使うからHの形をしているとわかります。イギリスやフランスで300年かけて発展した炭鉱ですが日本は50年で追いついてしまいます。採掘した石炭は北九州の工業地帯にSLで運ばれていきます。八幡製鉄所などが有名です。しかし、筑豊炭田は輸送コストがかかり直接船に積み込むことができた軍艦島に劣性を強いられます。そしてエネルギーは石炭から石油に代わってゆきます。炭鉱の全盛期は非常に短いですね。しかし、全国で当時2000もの鉱山が開かれ日本は急激に近代化していきます。今はほとんど閉山しましたがまだ日本で稼働している鉱山もあるようです。

田川市にはチロルチョコの工場もあります。チロルチョコの工場はここにしかなくこの工場で日本のすべてのチロルチョコを作っています。そして、アウトレットショップでは少しかけたものや、中のソースが漏れたものなどを格安で売っています。

そして、田川市から車で1時間30分走ると北九州の門司港に着きます。本州と九州を結ぶ関門海峡がある場所で本州側が下関、九州側が門司です。レトロな建物が有名で名物は焼きカレーです。

カレーの表面を焼いてあります。チーズと卵が乗っていてその表面も焼いてあります。

関門海峡ですね。橋の向こうに見えるのが山口県、本州ですね。

・・・ だんだん橋に近づいています。いったいこの人は何をしようとしているのでしょうか?

ま、まさか 

勘の良い方なら私が何をしようとしているのかわかるかもしれません。やばい事はしてませんから安心してください。

後編に続く

 

 

 

2019.12.09:[What's new]

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